近年、相続をめぐるトラブルは急増しています。背景には、人口減少や都市部への人口集中により、地方や郊外に「使われない空き家」が急増している現実があります。総務省の調査によれば、全国の空き家数は約900万戸に達し、その多くが相続をきっかけに放置されるケースです。
こうした物件は売却も賃貸も難しく、「資産」どころか維持費・固定資産税・管理責任ばかりが重荷となる“負動産”と呼ばれる状況に陥ります。加えて、遺品整理の段階で兄弟姉妹や親族間の意見が対立し、業者を巻き込むトラブルが頻発しています。本記事では、空き家と遺品整理に絡む法的リスクと、業者が注意すべき「境界線」について解説します。
■ 相続財産と“負動産”の現実
相続財産には預貯金や有価証券のように換金性の高い資産もあれば、地方の実家や農地など、処分に困る財産も含まれます。後者は固定資産税や管理コストばかりがかかり、売却市場も乏しいため、“負動産”と呼ばれます。
例えば、両親が亡くなった実家が山間部にあり、築50年を超える木造住宅だった場合。修繕や管理には費用がかかる一方で、売却はほぼ不可能。このようなケースでは、相続人が複数いると「誰が管理費を負担するか」「処分の可否をどう決めるか」をめぐり争いが生じやすいのです。
■ 兄弟間トラブルの典型例
遺品の処分をめぐる対立
長男は「すぐに処分して更地にしたい」と主張する一方、次男は「まだ思い出があるから残しておきたい」と譲らない。業者に依頼したものの、親族間の合意が取れていないため作業が進まない。
空き家の管理責任を押し付け合う
誰も住まない家は倒壊や火災、空き巣被害のリスクがあります。近隣から苦情が入っても、「自分の責任ではない」と兄弟同士で押し付け合い、最終的に行政から勧告を受けることも。
財産分与の不公平感
「兄が高額な遺品を勝手に持ち出した」「姉が土地を独占している」といった不満が噴出し、業者が“証人”として巻き込まれるケースもあります。
■ 業者が直面する法的リスク
遺品整理や不用品回収の現場では、業者が思わぬトラブルに巻き込まれる可能性があります。
無権限処分のリスク
相続人全員の合意を得ていない状態で遺品を処分した場合、後に「勝手に財産を処分された」と損害賠償を請求される可能性があります。
境界確定前の土地活用提案
空き家の解体や土地活用を勧める際、境界線が不明確だと隣地とのトラブルに発展する恐れがあります。業者が判断するのではなく、必ず専門家(司法書士や土地家屋調査士)への確認を促す必要があります。
相続人間の争いへの巻き込まれ
業者が「兄の言うとおりにしておいたほうがいい」と発言すれば、中立性を疑われ、後日証言を求められることすらあります。
■ 業者が守るべき「境界線」
遺品整理や空き家対応にあたり、業者が意識すべき境界線は以下の通りです。
法律判断は専門家へ委ねる
相続放棄や遺産分割協議などは司法書士・弁護士の領域です。業者はあくまで「整理・処分の作業提供者」であり、法律的な助言は避けましょう。
合意形成を必ず確認する
依頼を受けた際は、相続人全員の署名や同意書を確認することが重要です。代表者一人からの口頭依頼だけでは、後にトラブルとなる危険性があります。
作業内容を詳細に記録する
「どの遺品を処分し、どれを残したのか」を写真や作業日誌で残しておくと、後の紛争防止につながります。
空き家・土地問題は専門家と連携する
解体業者、不動産業者、司法書士、土地家屋調査士などと連携し、ワンストップで対応できる体制を整えることが信頼につながります。
■ NRA(全国遺品整理業協会)としての提言
全国遺品整理業協会(NRA)では、こうした相続トラブルに巻き込まれないため、業者が守るべきガイドラインを整備しています。
相続人全員の合意確認を徹底すること
作業の透明性を担保するための記録化
法律問題については必ず専門家を紹介すること
空き家・負動産に関する相談窓口を活用すること
これらを遵守することで、業者は「トラブルを未然に防ぐプロ」として評価され、地域社会からの信頼を高めることができます。
■ まとめ
相続財産が“負動産”と化す時代において、遺品整理業者の役割はますます重要になっています。しかし同時に、兄弟間トラブルや法的リスクに巻き込まれる危険性も高まっています。
だからこそ、業者は「境界線を守る姿勢」を徹底しなければなりません。法律判断は専門家に任せ、業者は整理・管理のプロとしての使命に集中する。そして依頼主に対しては、中立的な立場で透明性ある対応を心がける。
このスタンスこそが、遺品整理業界が社会的信頼を獲得し、持続的に成長していくためのカギとなるのです。
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